【映画レビュー】眠る村 名張毒ぶどう酒事件

レビュー&書評
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以前、名張毒ぶどう酒事件について書いたことがあります。(こちら
名張毒ぶどう酒事件は戦後唯一、司法が無罪からの逆転死刑判決を下した事件です。

今回、東海テレビが96分間のドキュメンタリー映画『眠る村』を製作しました。先日観覧して来ましたのでレビューを記します。

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再現映画ではない

96分間の中で再現(ドラマ)部分は10分もありません。
奥西死刑囚の遺族、被害者の関係者、弁護士等が実名で登場します。このテの映画にありがちなモザイク処理は一切ありません。

「早く事件を忘れたい」
とする村人たちに登場してもらい、心情を語らせることは容易ではなかったはずです。
緻密な取材にもとづいてこの映画が製作されたことがわかります。

ナレーションは、かつて東海テレビ『約束』で奥西勝を演じた仲代達矢。陰鬱で重苦しい映画の内容にマッチしていて、今でも耳に残っています。

冤罪の疑い

「この事件は、おかしい」
として、名張毒ぶどう酒事件は冤罪ではないか?という立場で描かれている映画です。

  • 決定的な物証がない
  • 自白の信憑性
  • ころころ変わる村人たちの証言
  • 認められない再審

弁護団は王冠の歯型や封緘紙の鑑定など冤罪を思わせる科学的根拠を示すものの、司法は「科学ではなく自白を選んだ」のです。

自白=証拠の王

逮捕された奥西は事件から6日後、「三角関係を清算するため」として自白。
初公判で奥西は自白の強要を主張。
一審では無罪になるものの、二審で死刑判決が下され最高裁は上告を棄却したため奥西は確定死刑囚となったのです。

奥西が自白したことが知れると、村人たちは証言を二転三転させるのです。この部分が、この映画で最も注目すべきポイントでした。

毒はいつ混入されたのか?

事件は57年前、三重県と奈良県にまたがる集落:葛尾で発生しました。
事件当時、集落の懇親会が催されていました。

作品では仕事帰りに酒屋に寄って、ぶどう酒と清酒を購入し会長宅に届けた人物が登場します。
この人物は、事件直後
「14時に仕事を終え、14:05には酒店で購入し会長宅の玄関先に届けた。」
と証言しています。

事件発生は17時過ぎ。つまり3時間、奥西に限らず誰でも毒を混入することができたことになります。

しかし奥西の自白した時間が17時頃とわかると、この人物は
「購入したのは17時頃だった」
と証言を変えるのです。

東海テレビの取材陣が当時の資料を見せながら、この人物に接触しますが
「(時刻を変えたことは)覚えていない」
と語るだけ。
私はこのシーンで、名張毒ぶどう酒事件の【闇】を感じました。

奥西が犯人

容疑は奥西勝だけにかけられていたわけではありません。
会長もまた警察の厳しい取調べを受けていました。しかし集落のなかで有名だった奥西と妻、愛人の三角関係が根拠となり、次第に奥西への取調べが厳しいものになったようです。

村人は今でも口を揃えて
「奥西以外に犯人はいない」
「(奥西以外の人間が)殺す理由がない」
と語っています。

「村西は集落で唯一、ニッカリンTを持っていたのだから」
と語る村人も。
そのニッカリンTを混入させるために
「ぶどう酒の王冠を歯で開けた」
と自白した奥西。しかし・・・

証拠写真の捏造

自白を裏付ける証拠として、
「王冠に残った歯型と奥西の歯型が一致する」
という写真があります。

のちにこの写真は引き伸ばし加工を行ったことが判明。またもや自白自体が不確かなものになったのです。

もう終わりにしたい村人たち

そう思うのは当然でしょう。
ことあるたびにメディアにマイクやカメラを向けられるわけですから。

犯人:奥西は逮捕され、平成27年10月獄死。もうすべて終わったとしたい気持ちはわかるような気がしました。

事件後、村人たちは奥西家の墓を掘り返して畑の隅へ追いやりました。村八分にされたわけです。
奥西には長男・長女がいました。メインで登場する奥西の妹も集落を追われ、現在も離れた場所でひっそりと暮らしています。

「犯人は捕まって自白もした。これこそが事実。」という村人
「冤罪としか思えない。」という風潮

この2つの間にあるモヤモヤ感が終始、この作品を包んでいます。

もっと見たい

引き込まれていくうちに作品は終了しました。
少し消化不良な感じです。96分間はあまりに短く、120分くらいにしてほしかった印象。

特に何度も棄却されている再審請求について掘り下げてほしかったです。
頑なに再審を拒む司法の意図を描いてほしかったのが本音です。まるで奥西死刑囚が亡くなることの「時間稼ぎ」をしたかのような印象を持ったからです。

「本件、未だ解決を見ず」
まさにその通りの内容になっていました。57年間、沈黙することが正義であるかのように振る舞う村人たち。この事件が冤罪事件とするなら、真犯人は既に亡くなっている可能性もあります。
となればこの集落は、まさに沈黙した「眠る村」と言えるでしょう。

 

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